CATA公認トレーナーを目指す!
カナダ大学アスレティックセラピー留学

先輩の声

CATA公認アスレティックセラピスト 宮内 翔平 さん

北海道大学時代はサッカー部で活躍。スポーツ医学を学ぶため筑波大学大学院へ進学。同校でCATA公認アスレティックセラピストの福田教授との出会いを機にカナダ大学トレーナー留学を決意。アルバータ州のMount Royal Unviesityで認定資格を取得した後、MLSトロントFCでアシスタント・アスレティックセラピストとして選手のサポートに従事している。

カナダ大学アスレチックセラピスト留学

CATAを目指したきっかけは?

現在は、トロントのプロサッカーチームでアスレティックセラピスト(AT)をしています。ATを目指そうと思ったのは、大学のサッカー部を引退した頃。選手としてはここで引退となるけれど、何かスポーツに関わっていきたいという思いがあり、その分野を調べたところ、ATという仕事に出会いました。もともとサッカー選手として向上するために、トレーニングや身体のことを独学していたこともあり、こういった道へはすんなりと進むことができたというのも理由の一つです。

NATAではなくCATAを取得しようと思ったのは、まず、試験内容から受ける印象の違いからです。NATAは認定校が全米で300以上あるため、試験内容が統制されていると感じたのですが、当時7校だったCATAは、実技試験もあり丁寧な内容で構成されている点が魅力的でした。そして、大きかったのは、大学院時代に出会ったCATAの資格を持つトレーナーの方の影響。その方がカナダでどのような教育を受けたのかを知ることができ、カナダ行きを決める最大の理由となりました。

卒業後を見据えた学校の選び方?

Mount Royal University を選んだのは、1年のプログラムでATの資格を取ることができたからです。大学院卒業後、病院で1年間勤務し、当時20代後半に差し掛かっていた私には、できる限りはやく資格を取得することが重要でした。ただ、この選択が後に壁となるとは思ってもみなかったのですが……。 それは、就労ビザの問題。資格を取得して、いざカナダでATとして働こうと思っても、勤務先の会社にビザを出してもらうのは、非常に難しいのが現実です。会社がビザを出すためには、採用をするための公募をした上で、なぜその人を採用するべきなのかを示さなくてはいけません。

このプロセスは、会社にとってハードルが高く、またビザを発行してもらう私たちは、何も自分でコントロールすることができないのです。ここで1つアドバイスがあります。カナダ政府の指定校を卒業すると、就労のためのポストグラデュエートビザを発給してもらうことができます。ただ、注意したいのは、学校で学んだ期間。2年未満の場合、実際に学んだ期間分(最短8か月は必要)のビザとなり、2年以上だと最長で3年のビザとなることです。私が学んだのは10か月のプログラムだったため、ポストグラデュエートビザを申請しても、もらえるのはたったの10か月。私は年齢を考えると、短期間のプログラムがメリットでしたが、もし、学校を卒業後、そのままカナダで働きたいと思っているなら、こうしたビザ取得についても考慮して学校を選ぶことをおすすめします。
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留学生活を振り返って

カナダでの留学時代を振り返っても、つらかったことは思い出せないのですが、苦労したのは、先ほどお話したとおり、就労ビザの壁。それでも、私はかなり幸運なほうで、当時ATとして所属していたプロサッカーチームのヘッドコーチが、ビザを出すために、カナダ政府に取り合ってくれたのです。ここまで親身になってくれる会社は、多くないと思います。こうして私を認め必要としてくれたことは、一生忘れられない嬉しい思い出です。また、カナダの人の優しさに多く触れることができた留学生活でした。困った時は、周りにいる人たちによく助けてもらったものです。

日本人からの見たカナダの魅力は?

魅力は、たくさんあります。中でも、私が魅力だと感じるのは、多文化主義であること。カナダの人口のおよそ半分は、移民といわれています。歴史的に鎖国を経験し、移民が極めて少ない日本とは真逆の国です。カナダは、自分は自分、あなたはあなたという多様性を認めてくれ、偏見もありません。こうした環境に身を置くことで気持ちが楽になり、価値観が変わりました。

また、カナダは永住権が取得しやすいことも、日本人にとっては魅力でしょう。取得方法や条件はいくつかあるのですが、アメリカよりは確実にハードルが低いといえます。私は2015年に永住権を取得し、ファミリークラスという制度で、妻も永住権を取得することができました。
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CATAを目指す皆さんへ

CATAを目指そうとする皆さんは、明確な目標やゴールを持っているはずです。それを持ち続けていくことが大事。私は、カナダに渡ってすぐに語学学校に入り、半年で卒業して大学へ入る予定だったのですが、成績が基準に足りず、入学までに1年半もの時間を費やすことになりました。しかし、その時26歳だった私は、心に決めた道を引き返すわけにはいきません。心が折れている場合でもなく、ただ目標に向かって突き進むだけでした。きちんとゴールを見据えていれば、逆境が訪れても、きっと前を向いて進めるはず。あとは、文化の違いも含めて、カナダでの生活を楽しんでほしいと思います。

今後の活動と役割について

トレーナーとして生きていくためには、資格が大事だと思います。資格を持つことで、仕事に就くというスタートラインに立てる。でも、仕事を始めると資格は資格。そこからは自分自身で考え、学び、歩いていかなければいけません。そのためには、どういう教育を受けたかということが重要です。カナダで受ける教育は、ビジネスの進め方、仕事への姿勢など、日本では学べないことを教えてくれます。カナダで学ぶことは、働いてから大いに役に立つという点を、もっと広めていきたいと考えています。そして、カナダで得られるのは資格だけではありません。文化や自然など、カナダではたくさんのことが経験できると、改めて伝えることができたらいいですね。

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CATA公認アスレティックセラピスト 松永 悠希さん

順天堂大学卒業後、アルバータ州のMount Royal Universityへ進学。同校のアスレティックセラピスト学部に所属し、CATAの認定資格を取得後、高校やクリニックにてアスレティックセラピストとして活躍。帰国後は、帝京大学スポーツ医科学センターに就職し、助教として教壇に立つ傍ら同校運動部のサポートに従事している。

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なぜカナダだったのか?

実は私も当初、留学先はアメリカを想定していました。両親に相談したところ、アメリカの治安に不安を持っており、留学を反対されてしまったのです。そこで、大学の留学センターなどで相談すると、カナダを勧められました。スポーツ医学を海外で学ぶという点は譲れませんでしたが、必ずアメリカでなければならないというこだわりを持っているわけではなく、両親に納得してもらえるカナダを選びました。また、中学生の時、カナダのバンクーバーに2週間ほど留学をした経験があり、カナダについてはよい印象を持っていたのが、後押しにもなりました。

なぜCATAを目指したのか?

こちらも当初は相反する思いを持っていて、学生時代はスポーツ関係の職には就きたくないと考えていました。就職活動をして内定をもらったのですが、正直、私にとってはあまり気の進まない内容でした。仕事をするならどんな職種であっても、知識を習得してそれを活かすような仕事がしたいと思うようになりました。そう考えた時、自分にはスポーツしかないということがわかり、さらには、選手としてではなくサポートという道があることに気づいたのです。スポーツ医学を深いレベルで勉強したいと思い、そこからCATAについて調べ始めたのですが、当時、日本ではほとんど情報がなく、英語のサイトで情報収集をしました。今思うと、そのような状況なのに、よく勇気が出たなと思います。こうした私のことを見てくれ、内定をとってそれを辞めてまで行きたいと説得する私に、最初は反対していた両親も留学を許してくれました。本当に感謝の気持ちでいっぱいです。
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学校の選び方は?

まず、CATAになるためのプログラムを学ぶ期間が1年であるということ。私にとってはできる限りはやくCATAの資格を取得できるということは、年齢の点から考えてもメリットでした。次に、少人数制だったということ。私は英語が苦手だったので、先生の目がよく行き届くほうがいいと考えました。選んだのは、何校が調べた中で行き着いた学校です。結果、カナダはアメリカほどATのプログラムを習得できる学校が多くなく、志の高い学生が集まって来ているので、そういったレベルの高い環境で学べるというメリットがありました。

留学生活を振り返って

留学生活では、自分の言いたいことが伝えらなくて、もどかしいと感じたことがあったのですが、それをつらいと感じることはありませんでした。ATになりたい人というのは、世話好きでフレンドリーな人が多いです。周りの人は親切に接してくれましたし、英語が話せなくても平等に扱ってくれました。また、信頼できる方がいて何かあれば相談することもでき、とてもラッキーな環境だったと思います。そんな留学生活の中で、今でも忘れることがない、何よりも嬉しかったことがあります。学校の中にアスリートたちを診るクリニックがあったのですが、スタッフの1人が休職することになったのです。そこで、クリニックの責任者だった恩師が、1番最初に私の名前を挙げてくれ、新しいスタッフとして迎え入れてくれました。その空いた枠に入るべき人として、経験のある卒業生もいるし、実力がある先輩や同期もいます。その中で私の名前を挙げてくれたこと。ATとしてこれほど嬉しく光栄なことはありません。

CATAを目指す皆さんへ

まず、ATの知識を得るよりも、英語を習得することが大事です。私はカナダへ渡り1年半、語学学校に通いましたが、それでも完璧ではありませんでした。いくらATの知識があっても、英語で伝えることができなければ、その知識も意味を持たないものになってしまいます。英語の習得は、ただ学校での勉強を頑張るだけでなく、日々の努力も必要です。私が実際にしていた方法は、できる限りカナディアンの言っていることをコピーすること。特に発音の部分を真似するようにしていました。また、映画が好きだったので、たくさん観てセリフや言い回しを覚えました。そして、日本人の友達を多く作らないこと。日本人の友達が周りにいると、どうしても頼りたくなりますし、日本語で話す機会も多くなってしまいます。私は、もともと話すこと自体が苦手でしたが、ある時「間違ってもいいや」という気持ちに切り替わり、なるべくたくさん会話をするようにしました。それまでは変な英語を使って笑われたらどうしよう、と考えていたのです。でも、友達の助言もあり、英語を通して自分を変えることができたのだと思います。

また、明確な目的を持って留学にいくことです。なんとなくカナダに行ってみよう、アメリカに行ってみようではなく、自分は「これをするんだ!」という思いを持ってほしいと思います。途中であきらめて、自国へ帰ってしまった留学生を何人も見ています。私も「CATAの資格をとる!」という目標があったから、充実した留学生活を過ごすことができたのでしょう。もし目標がなければ、無駄な時間を過ごしてしまったかもしれませんね。そして、自分に合った息抜きをすること。勉強ばかりだと行き詰まってしまいます。友人と遊ぶのもいいですし、映画鑑賞など1人でできる気分転換もいいと思います。私は、車を持つようになってからは、1人でロッキー山脈のふもとへドライブに行っていました。
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今後の活動について

教育実習をしたことで、教師にならなくとも教育現場に携わりたいという気持ちが起こりました。今後は、オリンピックや国際試合に出場する選手に携わりたいというよりは、大学生や高校生の選手など、これから学ぶべきものがある世代と関わりたいと考えています。実は、ATを辞めて別のスポーツ関連の仕事をしようと思ったことがありました。でも、行き着くところ、やりたいことはやっぱりATだった。選手と関わって「ユキがいたからよかった」と感謝されるのも嬉しいですし、やりがいにつながります。私もそういった言葉をもらうと、もっと知識をつけて、もっとよいトリートメントができるようになりたいと思えます。感覚的にATの仕事、ATでいられる空間が好きなのではないでしょうか。ただ、よいことばかりではなく、難しいこともあるのがATの仕事。落ち込む選手やいら立つ選手をケアしていくのは難しい。しかし、毎日探り探り、「こうして声をかけたらいいのではないか」と試行錯誤しながらやっています。選手と関わるとモチベーションが上がる、この仕事がやっぱり大好きですし、日本にもっとCATAを広めたいですね!

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